2012年2月16日木曜日

不 安  加川文一

知らないものに対して
僕は臆病だ
知っているものに対しては
もっと臆病だ

存在は哀しい
底流れのした肩のやうにかなしい
ひらひらと一匹の蝶が
僕の肩をかすめて
野の方へ飛んでいく

路ばたには
小さい花が咲いている
埃を浴びて誰にも知られず
小さい花の小さい眼が
痙攣している
               (1965年5月)





『不安』は、文一が歿した翌年(1982年)に発行されたガリ版製の「加川文一詩集」(南加文芸社)に収められている作品である。詩の本文には「不安」の文字は一切出てこないが、『不安』は読者を焦燥感に陥れる実に巧みな詩なのである。
 
一連目の僅か四行だけで、重々に不安は「存在」している。文一はその「存在」は哀しいと嘆く。そしてもう一つの哀しい「存在」、即ち形而下の「不安」へと導いてゆくのだ。
 
底疲れした文一の肉体に一匹の蝶が飛んできて、文一は自分の視界を広げることになるのだが、そこで文一は、路肩に垢づいて咲いている小さな花の眼に、吾が内に潜む形而上的不安を同化させてしまう。
 
三連目は不安の極致へと効果を高めて行き、最後は価なき宝の一行が読者の心を痙攣させてしまう。実にみごとな結びでる。敢えて言うならば、二連目の終わり二行の表現を、どうして再具象化しなかったのか、ということになる。
 
文一は羅府新報に『置時計』という表題でコラムを執筆していたが、そこで文一は執拗に具躰について論じている。
「詩は一見抽象的であるけれども、すぐれた詩はやっぱり美の具躰を追求している。そして美の、或いは真実の在り方を突きとめて放さない」
 
文一が言う美の追求には二通りあって、一方は知性であり、他方は感性に依るものである。このような考えに基づいて文一の詩を読んでいくと、イェーツなどがモティーフとしていた「具躰」が見えてくる。また、文一が師と仰ぐイヴォア・ウインタースの手法と文一の詩作方法が、酷似していることが判明した。

このような意味に於いて、文一の詩の原型(具躰)は、ウインタースの「吾は眼をもたず/吾が一撃は狂わず」、この有名な一句の中に秘められてあると言っても過言ではない。



※ お知らせ
来たる3月10日(土) 午後1時より4時まで、
ロサンゼルス市立図書館、小東京分館に於いて、
詩の講演と詩の朗読会があります。
WLAホーリネス教会からは、アイク君、小菊ちゃん、ジョイ、が参加します。
三人の詩(東北大震災にまつわる詩)の朗読は、1時10分頃から始まります。
さあ、みんなで応援に行こう!
主催『加川文一詩碑保存会』

3 件のコメント:

  1. 新井さま、はじめまして。日本の加川文一の会の、林です。3年前の加川文一の詩のイベントで新井さまのお姿を拝見しました。また、「短調」誌上で、ジョイくんの詩を読みました。今回は私はアメリカまで行けませんが、イベントの成功をお祈りします。知り合いなどにメールで広めたり、メディアに取材依頼をしたりしています。私も「加川文一…日系日本語詩人の足跡と息づかいを追って」というタイトルのブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/middle115stream をヤフー上で書いています。どうぞ見に来てコメントをください。詩についての質問をしてもよろしいですか。 DONQこと林

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    1. 林様、こんにちは。加川文一の林様のブログ読ませていただきました。懇切丁寧に加川文一の講演会と詩朗読ついて詳しく書かれていました。有り難うございました。今後ともよろしくお願いします。ジョイは娘です。
      新井雅之

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    2. 新井さま、ジョイさんはお嬢さんだったのですね、失礼しました。
      加川文一の講演と朗読の会が、いよいよ迫ってきましたね。大勢が集まることを、また、参加してくれた高校生の皆様が、加川文一の日本語の詩に興味を持ってくれることを、そして、メディアの取材があり、日本でも報道されますことを、願っています。















































































































































































































































































































      新井さま、ジョイさんはお嬢さんだったのですね、失礼しました。
      いよいよ、3月10日の会が迫ってきましたね。大勢集まりますように。参加してくれた高校生のみなさんが加川文一など日本語の詩にもっと興味を持ってくれますように。メディアの取材があり、日本でも報道されますように。 加川文一の会  林伸子 
      加川さんの詩への質問は、ひとつは「不在の海」というフレーズです。何が、または誰が不在なのでしょうか。何か出典のある表現なのでしょうか。「僕のいない故郷の海」と考えてみましたが、よく言われる「神の不在」とでもいう表現なのでしょうか。私には謎が大きすぎて困ってしまいます。

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