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2016年4月21日木曜日

みどり色の蛇 大手拓次

仮面のいただきをこえて
そのうねうねしたからだをのばしてはふ
みどり色のふとい蛇よ、
その腹には春の情感のうろこが
らんらんと金にもえている。
みどり色の蛇よ、
ねんばりしたその執着を路ばたにうえながら、
ひとあし ひとあし
春の肌にはひつていく。
うれひに満ちた春の肌は
あらゆる芬香にゆたゆたと波をうつている。
みどり色の蛇よ、
白い柩のゆめをすてて、
かなしみにあふれた春のまぶたへ
つよい恋をおくれ、
そのみどりのからだがやぶれるまで。
みどり色の蛇よ、
いんいんとなる恋のうづまく瞳は
かぎりなく美の生立(おひたち)をときしめす。
その歯で咬め、
その舌で刺せ、
その光ある尾で打て、
その腹で紅金の焰を焚け、
春のまるまるした肌へ
永遠を産む毒液をそそぎこめ。
みどり色の蛇よ、
そしてお前も
春とともに死の前にひざまづけ。
         ◆
大手拓次は、大正期に活躍した詩人であるが、四十六歳(昭和九年)で歿するまで、一冊も詩集を上梓しなかった。
 
翌年、処女詩集『藍色の墓』を自費出版。編集を逸見 亨が担当。序文に北原白秋。跋文に萩原朔太郎が寄稿した。

大正期の詩人は、定職には就かないで、自由無頼な起臥(きが)を過ごしていたが、拓次は東京ライオン歯磨本舗の広告部に勤める忠実なサラリーマンであった。

子朗は、拓次の口語象徴詩の手法はボードレール『悪の華』へのフランス語による惑溺(わくでき)であった。と述べている。

『みどり色の蛇』を閲読してみると、ボードレールからの影響を色濃く受けていることが理解できる。従って病弱であった拓次は、生と死の交錯する妖しくて幻想的な世界に、自らのイマジネーションを昇華させる以前に、ボードレールの『悪の華』を徹底的に瞠目(どうもく)していたのである。

やがて拓次は今まで培ってきた抒情的妄想を劫火の中へと葬り、フランス象徴詩を道標として開花させた。

その代表作品の一つである『みどり色の蛇』は、真にみごとな詩であると思う。





2015年9月1日火曜日

 伝 道            

T・S・エリオット(詩人/18881965)の『宗教と文学』から先ず引用させていただく。
「私が望んでいる文学は、ことさらに、挑戦的にキリスト教的であるのではなく、むしろ無意識的にキリスト教的であるような文学です」

この文章の「文学」の部分を「伝道」と置き換えて読むことが出来ると思う。では、「無意識的にキリスト教的であるような伝道」とは、一体どのような「行為」であるのかを考えてみたい。

先ずエリオットはこの論文に於いて、「聖書が英文学に文学的な影響を及ぼしてきたのは、それが文学として論じられるものではなくして、<神の言葉>を伝える書物としての畏敬があったからです」とも述べている。

ヨハネによる福音書の第一章の冒頭には、「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた」と記されている。

また、旧約聖書のいたるところに、主の創造的、能動的な力強い言葉の概念が伺われる。
そこで、この神の言葉に対する、基本的な事実について触れてみたい。

言葉はギリシャ語でロゴスというが、同時に理性をも意味している。即ちロゴスとは、神の言葉と神の理性という二つの概念を意味する言葉なのである。よって神の言葉を読み、聴き、語るとき、そこに動的振る舞いとなる「行為」が伴わなければならない。

何故ならば言葉は被造物の一つではなくして、言葉は創造以前にあったからである。また、ヨハネは最後に、言葉は神であったと述べている。別言すれば言葉は神と全く同じ人格、本質であったという意味になる。

このように聖書は、神の真理である言葉によって書かれた書物であるが、人間の意識下に於いては、「真実は行為で示されて、それを飾る言葉がない」のである。この誠しやかな名句はシェークスピアの言葉であるが、神の言葉であるロゴスは、その理性によって行為が示されて、その行為は神の言葉の中から芽生えて来るのである。
私は「無意識的にキリスト教的であるような伝道」とは、伝道する者を前にして、多くを語るばかりではなく、一つの御言葉を深く語り終えた後に、キリスト者はその御言葉に倣って、無意識的にキリストの香りを放たなければならない。そうすれば、たとえ御言葉を語らなくとも、その時の状況に応じて、キリスト者としての行為が主に導かれて、相手に示されるのではないだろうか。

よってキリスト者は、絶えず心が解放されていなければならない。心にゆとりがなければ、どんなに祈っても御霊の実は結実しない。肥沃な土地を耕す時のように、キリスト者の心が砕かれてへりくだり、喜びと解放に満ちているならば、光り輝く聖なる霊がキリスト者の唇に油を注いでくださるのである。そこに伝道をするための知恵と力と言葉が与えられるのだ。

戦後、大方の日本人は豊かな生活を求めて、星をいただくほど仕事に打ち込んだ。潤沢な未来を夢見て働いたが、多忙になると離婚率が高まり家庭が崩壊し始めた。やがて各々が孤独に陥り、出社・登校拒否をするようになった。自殺者の数も増える一方である。バブル経済が破綻して十年以上経った今日、忙殺されてしまった数多くの魂の抜け殻が、日本列島に彷徨っている。

「心」を「亡」くすと書いて忙しいと読むが、勤勉努力した結果、最も肝心である心の問題がおざなりにされてしまった。

直ちに迷える同胞に明確な指針を与えるためには、真っ向から神様や聖書について語ることも肝要であるが、先ず、神の言葉を馥郁と漂わせる姿勢で、心と心が触れ合う行為を成すことであると思う。

日々の祈りの中で、これらの事が実行できるように、私も全身全霊をかけて真剣に祈ってみたい。








2014年7月7日月曜日

山村暮鳥

先般、詩人志望のクリスチャン青年からメールを貰った。文面には詩人の山村暮鳥について、幾つかの質問が箇条書きにされていた。

その中の一つに、暮鳥の『風景』という有名な詩についての質問があった。差出人の青年は、一体、この詩のどこが優れているのかと、首を傾げているらしい。

暮鳥は、生前に何冊かの詩集を刊行しているが、大正四年(一九一五)に発表した第二詩集、『聖三稜玻璃』(せいさんりょうはり)に『風景/純銀もざいく』は収録されている。

僕は、暮鳥の作品について、然程、明るい方ではない。手許にある暮鳥に関連する文献でさえ、『日本の詩歌/13』(中公文庫)一冊のみである。

ともあれ、『風景』という詩を鑑賞してみたい。
       ◆
風景 -純銀もざいく-

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな
 
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしゃべり
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな
       ◆
ひたすらに「いちめんのなのはな」を連ねながら、状況が更に鮮明に浮かび上がるように、それぞれの連で、一行の写実が挿入されている。この技巧は単なる風景の描出ではなく、最後の連で作者の心情を印象付けるための配慮となっている。

客観的に眺めた、長閑な一面の菜の花畑が目の前に広がっている。そして空には「やめるはひるのつき」がある。この、病める昼の月なのであるが、実は隠喩であって、傷心の暮鳥自身のことを示している。

この、麗かな風景と病み疲れた暮鳥との対比を、「いちめんのなのはな」は、小波のように連なって詩全体を表白する。そして、暮鳥の病める魂を無窮の陽春の中に閉じ込めてしまったのだ。

山村暮鳥は貧しい家庭に育ち、明治三十五年(一九〇二)、十九歳の時に受洗している。翌年には神学校に入学して、卒業後はカソリックの伝道師となって活躍している。けれども病身ゆえに、四十一歳の折に、急性腸炎をおこして永眠した。

僕は暮鳥の『いのり』と題した詩が好きだ。
      ◆
いのり

つりばりぞそらよりたれつ
まぼろしのこがねのうをら
さみしさに
さみしさに
そのはりをのみ
       ◆
解説は不要であると思うが、信仰者とはいえ、神の釣り針に喰らいつきたくなるような、やりきれない蕭条感(しょうじょうかん)が、色濃く描かれている。



2014年2月20日木曜日

夏目漱石(今から十年前)



今回は僭越かと思いながらも、少しばかり託(かこ)つかせていただくことにした。従って読者の皆様方には、何卒、曲解のないようにお願い申し上げたい。

購読の契約をした覚えが全くないのに、数ヶ月前から、或る(キリスト教)教団が発行している雑誌が日本から送られてくる。その項目の中に、夏目漱石のことについて書かれている記事が掲載されていたので、たちまち私の興味を惹いた。

だが、その内容が余りにも独断と偏見に陥っていたので、私は非常に驚該してしまった。執筆者は七十代の牧師であり、また、キリスト教の要職にある人物であった。それ故に、購読者はエッセイの誤謬を鵜呑みにしてしまう危険性がある。

従ってこの種のエッセイは、個人誌か同人雑誌に発表されることをお勧めしたい。考えようによっては、受け売りや知ったかぶりよりも悪性であると思う。なぜならば読者に謬見を与えるからである。

まず、このエッセイの中で、夏目漱石は自殺しなかったので、漱石は自己のエゴイズムと闘わなかったと断言している。おまけに、漱石は発狂もしなかったと述べている。更に、漱石は極悪人であると嘲弄するくだりには、閉口してしまった。

夏目漱石論をここに書き始めると、枚挙に遑(いとま)がない。また、論文的考察は本欄に書くべき属性ではないので、大きく割愛させていただくが、単刀直入に弁明すると、この度の夏目漱石のエッセイを書いた聖職者にとって、漱石の思想やら創作の構想が十分に首肯(しゅこう)しがたかったのではあるまいか、と帰趣するに至った。

漱石のように、『自己本位』(自己のエゴイズム)と真剣に向かい合って闘った作家は数少ないのである。

漱石には五十年の生涯において、少なくとも三回、大きな精神異常の時期があった。文献によると、漱石は東京大学の呉 秀三教授の診察を受けて、追跡狂と診断されている。これは精神分裂病の一種である。その他の専門医の論文をひもとくと、躁鬱病であるとの意見に分かれている。

また漱石は『則天去私』の世界をめざして、狂気と真っ向から対峙していたのである。

私はここに、錯誤を犯している箇所を順番に上げ連ねて、訂正していくつもりはない。また、それをやるときりがない。ただ、一生懸命な姿勢の裏付けであろうが、件の漱石のことに付いて書いた作者は、自分の造詣が深いものを自己のスキルの一つとして思い込み、伝道への手段として活用しながらも、独善的になってしまっていることが極めて遺憾である。

けれども、それが、その者にとって真のエキスパート(賜物)であるならば、共に祈る必要性がある。だが、実体のない理論は、残念ながらディレッタントであると言わざるを得ない。即ち、スペシャリストではないのに、講壇に立つ際や、活字媒体から原稿を依頼されると、そのことに付いて、自分が専門家になったような錯覚に陥ってしまう。

随分と生意気なことを言うようで、お叱りを被るかも知れないが、著名な聖職者であればあるほど言葉をよく吟味して、文章においても微に入り細をうがつ配慮が必要であると思う。そして何よりも、読者に対して真実だけを伝えることである。この様に小さなことに忠実でなければ、伝道への扉は大きく開かれないであろう。

次に余談として述べたいことは、漱石の精神障害が分裂病であれ躁鬱病であるにせよ、後に、梅毒性の疾患と係りを持つことになる。その感染源は約二年間に及ぶロンドン留学時代に遡る。この頃が漱石の生涯で、二回目の精神異常の時期にあたる。往時、「漱石ロンドンで発狂」のニュースが日本まで届いていた。

日本の病跡学(パトグラフィ)界が、どこまで漱石と梅毒における因果原理を認めているかは知る由もないが、今から二十五年程前に、私は元大阪警察病院の精神科、医長の互恵を受けて、膨大な論文の閲覧に成就したことがある。それから数年の歳月を経て、私は漱石の梅毒と神経衰弱の関連における信憑性を説いたエッセイを、日本の経済新聞に連載し始めた。すると多方面から数多の反響があったのである。

「智に働けば角が立つ、上に掉(さお)させば流される。意地を通せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくこの世は住みにくい」(夏目漱石/『草枕』より)

夏目漱石が託つと、何と雄渾(ゆうこん)な文学へと変貌を遂げるのだろうか。傑出人と狂気、それは漱石が文豪として君臨するための必須の条件であったに違いない。

2013年9月23日月曜日

クリスチャン必読の本

今から凡そ200年前、すなわち近代ドイツ文学の古典主義とロマン主義の間の時代に、奇異な三大詩人(ヘルダーリン、クライスト、パウエル)が活躍していた。
 
その中の一人であるクライストは、自分の生涯を「人間がいとなんだ最も苦悩的なもの」と叫んでいたが、書物の名前は覚えていないのだが、彼の散文作品の中で次のようなことが書かれてあったことを記憶している。

「神の存在を認めようとしない辛辣な口調で書いた本は数多くあるが、悪魔の存在をあっさりと否定した無神論者は、未だかつていないようである」。
 
また、エドワード・ヤングというイギリスの牧師は、「夜になると、無神論者も半分は神を信じるようになる」と述べているが、これらの短い語句の中に、人間の不安に対する普遍 的な観念が色濃く覗いているようだ。
 
無神論者の多くが悪魔の存在を否定しない所以は、不安が原罪の前提に存在するからなのだろうか。私は時折、俳句とも一行詩とも定まらない言葉遊びに興じる事がある。南カリフォルニアでは珍しく底冷えのする先々月の深夜に、「不安 不安でないから恐ろしく不安だ」と、短い詩を詠んだのだが、今から150年程前にキェルケゴールが『不安の概念』の中で、「不安は或る共感的な反感であり、そうして、或る反感的な共感である」と、夙に論じていたのである。

このように不安は心理的な二義性を含んでいる。その夜、私は『不安の概念』(斎藤信治訳/岩波文庫)を読み返すことになったのだが、キェルケゴールに代わって平易な解題をさせて頂くと、罪を犯す前の純真無垢なアダムとエバは、最早不安であったというのである。詮ずる所、無垢は無知であり、聖書によれば人間は無垢の状態においては善と悪を識別する知識を有していないからである。よって、無は不安をつくりだし、無垢は同時に不安である。人間の精神は夢を見ながら、自己自身の現実性を前に投影する。現実性は無であるから、この無を無垢はたえず自分の前に見ているのである。
 
また、キェルケゴールは、不安は自由の可能性であると言い、信仰と結びついている不安について論じているのであるが、彼が詳解している『不安の概念』について論戦を展開させていくと枚挙に暇がないので、この辺りでとどめておくことにしたい。
 
さて、悪魔の存在については、三段落目で記しているように、神の存在を容易に否定する無神論者であっても、悪魔の存在を否む者は皆無であるとクライストは述べているが、イギリスの詩人ミルトンの創作『失楽園』(Paradise Lost)の主人公はサタンなのか、それともアダムなのかは、古来より議論の分かれるところである。私はミルトンが描いていた当初の構想に反して、結果的にはサタンの主人公説を支持している。何故ならば、この崇高にして迫力のあるサタン像こそ、多くの読者を夢中にさせて一世を震駭させたのであるから。

『失楽園』は18世紀に入ると英国では評価と発行部数に於いてシェイクスピアをしのぎ、長期にわたって欧米諸国の人々の心を捉えていた。カントはこの比類のない尊厳美を絶賛しているのだが、私はむしろサタンの描出を中枢とした、未知へのリアリズム手法の傑作として『失楽園』を高く評価したい。いずれにしても起稿直前に失明するという逆境の暗闇の中で、ミルトンの前に仁王立ちするサタンとの壮絶極まる魂の格闘に、私は想像を絶してしまうのである。

何年か前の聖会のメッセージで、大川道雄師(現在は引退牧師)、クリスチャン必読の書として推薦しておられた本が三冊あった。その一つが『失楽園』である。そして他方の一つはルネサンス(文芸復興期)直前に活躍したイタリアの詩聖、ダンテが書き上げた『神曲』である。この作品は『地獄編』、『煉獄編』、『天国編』の三部構成になっていて、特に『地獄編』は読み応えがある。作中のダンテが最も憎悪しているのは、聖職者たちの、あらゆる欲望に吼えたぎる餓鬼のような姿である。

三冊目の『天路歴程』(The Pilgrim’s Progress)の作者バニヤンは、教育も受けず鍛冶職人として働いていたが後に牧師となった。だが非国教徒であったがために迫害されて監禁、『天路歴程』は獄中で執筆された作品である。主人公には固有名詞がないが、人格のある罪にめざめたピューリタンの凱旋物語。


これらの作品は、私も大川道雄先生と同じく、クリスチャンの皆さんに是非とも読んでもらいたい創作である。

2013年9月17日火曜日

伝 道



T・S・エリオット(詩人/18881965)の『宗教と文学』から先ず引用させていただく。
「私が望んでいる文学は、ことさらに、挑戦的にキリスト教的であるのではなく、むしろ無意識的にキリスト教的であるような文学です」

この文章の「文学」の部分を「伝道」と置き換えて読むことが出来ると思う。では、「無意識的にキリスト教的であるような伝道」とは、一体どのような「行為」であるのかを考えてみたい。

先ずエリオットはこの論文に於いて、「聖書が英文学に文学的な影響を及ぼしてきたのは、それが文学として論じられるものではなくして、<神の言葉>を伝える書物としての畏敬があったからです」とも述べている。

ヨハネによる福音書の第一章の冒頭には、「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた」と記されている。

また、旧約聖書のいたるところに、主の創造的、能動的な力強い言葉の概念が伺われる。
そこで、この神の言葉に対する、基本的な事実について触れてみたい。

言葉はギリシャ語でロゴスというが、同時に理性をも意味している。即ちロゴスとは、神の言葉と神の理性という二つの概念を意味する言葉なのである。よって神の言葉を読み、聴き、語るとき、そこに動的振る舞いとなる「行為」が伴わなければならない。

何故ならば言葉は被造物の一つではなくして、言葉は創造以前にあったからである。また、ヨハネは最後に、言葉は神であったと述べている。別言すれば言葉は神と全く同じ人格、本質であったという意味になる。

このように聖書は、神の真理である言葉によって書かれた書物であるが、人間の意識下に於いては、「真実は行為で示されて、それを飾る言葉がない」のである。この誠しやかな名句はシェークスピアの言葉であるが、神の言葉であるロゴスは、その理性によって行為が示されて、その行為は神の言葉の中から芽生えて来るのである。
私は「無意識的にキリスト教的であるような伝道」とは、伝道する者を前にして、多くを語るばかりではなく、一つの御言葉を深く語り終えた後に、キリスト者はその御言葉に倣って、無意識的にキリストの香りを放たなければならない。そうすれば、たとえ御言葉を語らなくとも、その時の状況に応じて、キリスト者としての行為が主に導かれて、相手に示されるのではないだろうか。

よってキリスト者は、絶えず心が解放されていなければならない。心にゆとりがなければ、どんなに祈っても御霊の実は結実しない。肥沃な土地を耕す時のように、キリスト者の心が砕かれてへりくだり、喜びと解放に満ちているならば、光り輝く聖なる霊がキリスト者の唇に油を注いでくださるのである。そこに伝道をするための知恵と力と言葉が与えられるのだ。

戦後、大方の日本人は豊かな生活を求めて、星をいただくほど仕事に打ち込んだ。潤沢な未来を夢見て働いたが、多忙になると離婚率が高まり家庭が崩壊し始めた。やがて各々が孤独に陥り、出社・登校拒否をするようになった。自殺者の数も増える一方である。バブル経済が破綻して十年以上経った今日、忙殺されてしまった数多くの魂の抜け殻が、日本列島に彷徨っている。

「心」を「亡」くすと書いて忙しいと読むが、勤勉努力した結果、最も肝心である心の問題がおざなりにされてしまった。

直ちに迷える同胞に明確な指針を与えるためには、真っ向から神様や聖書について語ることも肝要であるが、先ず、神の言葉を馥郁と漂わせる姿勢で、心と心が触れ合う行為を成すことであると思う。

日々の祈りの中で、これらの事が実行できるように、私も全身全霊をかけて真剣に祈ってみたい。