2011年9月23日金曜日

ベサメムーチョ

僕が19歳の頃に交際していた女性は、2歳年上の京都芸術大学の学生。音楽部、弦楽専攻。背が高くて、目鼻立ちの整った堀の深い顔は、よくハーフと間違えられた。

梅田新道(大阪)のクラシック喫茶、今は無き『日響』で、彼女がヴィオラを奏でながら、僕が自作の詩を朗読したことがある。

そこへ来ていた客が、彼女に名刺を差し出した。読売テレビ、プロデューサーと書かれてあった。その日から来る日も来る日も、彼女はプロデューサーに追いかけまわされた。スカウトされたのだ。『11PM』に出演しないかと言われたとか。

大学にも押しかけて来るので、僕はプロデューサーと会った。プロデューサー曰く、「彼女はグラマーで、鳳蘭と前田美波里に夏目雅子を振りかけたような顔立ちが気に入った」。

僕は彼女の意向をプロデューサーに伝えて、その場を後にした。やがてプロデューサーは、彼女の前に姿を現さなくなった。

彼女は芸大を卒業すると、本格的に弦楽の先生についてヴィオラの練習を開始した。デートの回数も少なくなった。おのずと疎遠になってくる。

それまでに電話で何回も連絡を取り合っていたが、7ヶ月が経過した爽秋、彼女から電話がかかって来た。ドイツに留学すると言う。

彼女と久し振りに『日響』で会った。思い出話に花が咲いた。ドイツに旅立つ前夜、僕たちは最後の夜を二人で激しく熱愛した。

翌朝、僕は彼女を伊丹空港まで送っていった。その帰りに立ち寄った喫茶店で、甘く切ないメロディー(ベサメムーチョ)が流れていた。彼女と過ごした思い出が、一気にこみ上げてきた。僕の目からは、一菊の涙がこぼれ落ちた。

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