2012年5月4日金曜日

多忙の美学

星をいただくほど仕事をしていたバブル時代、小閑に溜息が漏れること度々であったが、各々が毎日生きがいを感じて過ごしているように見えた。一転して心に余裕がなくなり、先の見えない暇(いとま)を長期間持続していると、疲労困憊して神経症を併発させる。

不況が延々と続く日本列島だが、精神・神経科の医師だけは猫の手を借りたいほど多忙を極めている。三十年程前まで、精神科医が独立開業する事は非常に困難であった。内科や耳鼻咽喉科のように、新興住宅街のターミナル周辺で開業しようものなら、地元の住民は周囲の目を恐れて、精神科の看板が掛かっている医院の扉を開けようとはしない。

医師らは知恵を絞って、一般内科を筆頭に神経内科、心療内科の専門医であることを看板や広告で知らせる。だが、元ロサンゼルス自殺予防センター研究員の精神科医、大原健士郎さんによると、心療内科や神経内科を受診しても、正確な診断や治療は期待しがたいと言う。

心の時代と叫ばれて久しいが、出社拒否、登校拒否、引きこもり、家庭内暴力、アルコール・薬物中毒、自殺、そして病名の付け難い心の病が蔓延しているのが現代社会だ。

バブル期に最前線で活躍していた或る企業戦士と、当地で面談したことがあった。

「忙殺される日々の中には血湧き肉踊るリズムが奏でられていて、僅かな時間の活用の仕方が自分でも驚くほど巧みであった」。先ず彼は現役の頃を回想して胸を張った。

「お暇なら来てよね、私さびしいの ~ ナツメロのフレーズだが、暇だからといって、しげしげと足を運べるものではない。多忙な時の方こそ時間の遣り繰りに知恵を絞って、せっせと逢瀬を重ねられる」

「仕事は一番忙しい人に頼め、なぜなら最も忙しい者が一番多くの時間を持っているからさ。多事をこなせるということはオーガナイズできる人物であり、仕事の依頼に事欠かないのは信頼されている何よりの証拠だ」
自信家の企業戦士は現在、精神の病に冒されて入退院を繰り返している。戦い済んで日が暮れて・・・ 多忙の美学は一人のビジネスマンの頑強な精神を蝕んだ。

 

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