2013年7月29日月曜日

夫たる者よ

パトリック・マケリゴット著(いのちのことば社)の『夫婦の愛が築く、子どもの未来』を読んだ。本の扉を捲った表紙には、著者の直筆のサインがあるので、家人が講演会の折に買い求めた本であろうかと思う。

マケリゴット牧師は、正しい親子関係の築き方について、日本全国から講演の依頼が絶えない。けれども、マケリゴット牧師が声を大にして語られることは、家庭を祝福させるのは親子関係ではなく、むしろ夫婦関係であるという。

マケリゴット牧師は「エペソ人への手紙」を引用しながら、聖書に書かれている順序を見ても、先ず、夫婦関係を正してから、親子についての記述に触れていると説明している。

「妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。」(エペソ522
「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。」(エペソ52527
 
「子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。」(エペソ6:1)

マケリゴット牧師は、聖書の順序は偶然ではないと説く。即ち、順序さえも教えであると覚えるべきなのだ。
 
マケリゴット牧師曰く、「まず、夫婦を正してから親子について語る。実際には夫婦も親子も同一と考えるべきです。本当に良い夫婦関係を見ながら育っていく子供は祝福されて、親の誇りとなる可能性が多いのです。」

「キリストが教会を愛したように、夫は妻を愛しなさい」(エペソ525)という御言葉は、目で見、耳で聞くような表現が伴ってくる愛であるべきだ。とマケリゴット牧師は力説している。従ってマケリゴット牧師は年に数回、一輪の赤いバラを夫人にプレゼントするらしい。プレゼントをするタイミングは、夫人の誕生日やクリスマスといった特別な日よりも、むしろ普通の日を選んで、一輪のバラの花を夫人に手渡すそうである。

この話を聞いて反論するのは、中年以上の日本人男性である。「あの赤いバラの話だけは水臭いと思いました。日本人はあのようなことがなくとも、仲良くできます。夫婦関係が充実しています」。

この意見に対してマケリゴット牧師は、「女性の心を全く知らない鈍感な人」だと思ったらしい。何故ならば「しなくてもいい。しかし、しなくていいからこそ、してくれるときには嬉しさが倍増する」。これが世界共通の女心であると、マケリゴット牧師は弁明している。

私は、愛とは表現が伴う行為であると強調しているマケリゴット牧師の言葉が好きだ。何故ならば、神が罪人たる人間に対して、一方的に恩寵を与える自己犠牲的な行為は、磔刑と復活という感極まる表現行為を抜きにしては語れないからである。アガペー(神の愛)は、このような大胆な表現を通して、真実の愛を伝えようとしたのではないか。

私の好きな慣用句に「愛に愛持つ」というのがある。即ち、愛敬(あいきょう)たっぷりに振舞う行為のことであるが、女性や子供たちが、全身でかわいらしくにこやかに表現すると、愛に愛持つほど愛くるしいという意味である。

一昔前に、私は或る活字媒体に、「父親の一言によって日本は変わる」といった内容のエッセイを発表したことがある。厳密には一家の大黒柱である父親の一変によって、夫婦関係が、はたまた親子関係が向上すると説いた。そのためには父親の勇気と忍耐が不可欠である。家庭の事情は千差万別であるから、一概にそうとも言いきれない。だが、その勇気と忍耐を継続させたならば、必ずや家庭の環境が好転するに違いないと信じたい。

父親の一言とは、照れやプライド、そして強情な思いをかなぐりすてて、細君や子供たちに「おはよう」から「おやすみ」まで積極的に挨拶の声をかける。何かしてもらったら相手の目を見つめながら「ありがとう」の一言を発することである。

日本の男性は愛情表現が苦手である。夫が妻に面と向かって、「愛しているよ」と、平然として囁ける者は少ない。「いまさら。キザだ。口に出さずとも解り合っている」。などの意見が聞こえてきそうだ。

けれども知って頂きたい。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」。(ヨハネ316

この、神の慈愛は、一人子を手放してまでもこの世を愛されて、永遠の命というこの上ないプレゼントを持って、罪びとたちを救恤するためであった。この至上の愛に始まり、キリスト再臨の天啓まで、目で見、耳で聞くような、豪胆な表現が伴ってくる究極の愛なのである。

従って夫たる者よ。主にみならって、雄々しく豪胆であれ! 妻や子供たちに、そして隣人に対しても、目に見えて耳に聞こえるような愛の表示を、大胆に振舞おうではないか。


愛の伝達を十分に活用させるためには、他者に対して、愛を伝えるべく表現が伴う行為でなければならない。

0 件のコメント:

コメントを投稿