2013年2月14日木曜日

存 在    山之口 獏


僕らが僕々言つている
その僕とは、僕なのか
僕が、その僕なのか
僕が僕だつて、僕が僕なら、僕だつて僕なのか
僕である僕とは
僕であるより外には仕方のない僕なのか
おもふにそれはである
僕のことなんか
僕にきいてはくどくなるだけである

なんとなればそれがである
見さへすれば直ぐにも解る僕なんだが
僕を見るにはそれもまた
もう一廻はりだ
社会のあたりを廻はつて来いと言ひたくなる


 


誰もが自分の「存在」について、深刻に考えることがある。けれどもこの詩には逼迫(ひっぱく)感が見えてこない。味読してみれば、怪訝な焦燥に翻弄されてしまいそうな詩でもある。元来、山之口 獏は、このような作風の詩人なのである。というよりも、山之口 獏の天性とでも言えようか。

絵の道を断念した山之口は、次第に詩作に没頭するようになったが、佐藤春夫や金子光晴と交流を深めることによって、詩人としての可能性を策することが出来た。

やがて『改造』に初めて詩を発表。放浪生活を終結させて『歴程』の同人となる。「存在」はちょうどこの頃(昭和11年)に、『現代詩』に掲載されている。

「存在」の冒頭は非常に興味深い書き出しとなっているが、山之口はいつもの「調子」で詩を綴っているに過ぎない。ところが世間では、山之口の詩の本質よりも、山之口特有のこの「調子」に、心がひきつけられていく。而してこの「調子」が、山之口の批判精神を益々助長させる結果を生み、山之口 獏を諷刺詩人として位置づけてしまった。

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