2016年2月22日月曜日

 鮨職人

オレンジ・カウンティの鮨店で、知り合いの女性二人がカウンターに腰をおろした。職人にワサビぬきで握ってくださいと告げると、「そんな鮨握れるか!」とまくし立てて、職人は厨房へ消えてしまった。

後日、その女性は不愉快な思いをしたと僕に報告をしてくれた。僕は、出された鮨を黙って食え形式の鮨屋が苦手だ。そんな鮨屋に限って、苦虫を噛み潰したような職人が鮨を握っている。

職人がへそを曲げないように気遣っているみたいに、客は出された料理を静かに味わっている。頑固かプライドか知らないけれど、職人は何かを勘違いしているのだろう。

鮨職人は男芸者だといわれているように、話題が豊富で如才ない。顧客をリラックスさせることによって、心づくしの料理も、より美味しく味わうことができるのだ。

一流の職人は、顧客の前では常に柔和な面持ちを示し、決して従業員に対して声を荒げて叱責したりしない。スタッフに対しても客に対しても、心配りの名人だ。

三十年以上前に、安くて美味いと評判の鮨屋があった。赴くと確かに美味くて安価だ。おまけにネタの切り身がぶ厚い。

店の外では、順番を待つ客たちであふれている。狭い店内は終始混雑していて、職人は二人いたが、握っても、握っても追いつかない。汗だくになって鮨を握っている職人の額の汗が、ポタリとにぎり鮨のネタの上に落ちた。

やはり三十年以上前に、指輪をはめて鮨を握る職人がいた。握っていないときには、鼻を触っているか、ポケットに手を突っ込んでいる不衛生な板前がいた。

僕は訪日するたびに、阪急千里線の豊津駅前にある『栄すし』に顔を出す。高校生時代から馴染みの鮨屋で、夫婦二人だけで営む小さな矩形の鮨屋だ。

大将はこだわりの本手返し。ネタは勿論のことだが、シャリにもこだわりをもって五十年余り。艶をおびた大粒の酢飯がキラリと光る。正しく銀シャリと形容したくなる酢飯だ。 


僕は仕上げに、かんぴょう巻きのワサビ入りと、玉(ぎょく)の耳を頂くことにしている。僕のささやかなこだわりである。

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