2011年10月3日月曜日

祈り

もし神が、人間の祈りをそのまま聴き届けていたならば、人間はすべて、とっくの昔に亡びていたであろう。

というのは、人間はたえずたがいに、多くのむごいことを神に祈ってきているから。

エピクロス…… 説教と手紙より

2011年10月1日土曜日

豆腐

僕が子供のころ、父とよく京都へ赴いた。僕も父も、お寺を巡り歩くのが好きであったから。京阪電鉄の七条駅で下車して、三十三間堂を皮切りに、清水寺、平安神宮、知恩院と周って南禅寺に夕刻までにたどり着く。時折コースは変更した。

南禅寺に到着するころには、夕餉を頂くには頃合いの時分になっている。南禅寺と言えば湯豆腐で名高い。往時の湯豆腐セットは、確か湯豆腐と山菜天ぷらの組み合わせだった様に思う。

15、6年前に、京大会館於いて学士会主催の勉強会に主席した際に、隣り合わせになった湯川スミさん(故湯川秀樹博士夫人)と知り合えた。

初対面なのに意気投合して、湯川スミさんと湯川さんの秘書と僕とで、南禅寺の『順正』で湯豆腐を食べた。生前の湯川博士は、豆腐が大層好きであられたとか。

貝原益軒の『養生訓』に、豆腐にまつわる記述を見つけた。「豆腐には毒があって、気がふさぐ」とある。煮えた豆腐を、大根おろしを加えて食べれば害はないと言う。

生前の父が食卓に豆腐が並ぶと、時折にこやかに囁いた。「お豆腐を好きな者は、幸福になれるよ」。

10月2日は豆腐の日。(日本豆腐協会が1993年に制定。10(とう)2(ふ)の語呂合わせ。)



ラーメン山田屋

山頭火にしても新撰組にしても、最初のころは美味かった。店が軌道に乗ってくると、スープにインスタントを用いる。その証しとして、食後にやけに喉が渇く。

山田屋は、去年の7月にトーレンスにオープン。間もなくWLAソーテルに開店する。上記のラーメン屋と比較すると、山田屋のラーメンは一番美味しい。こってり、まろやか、さっぱり。食後に喉が渇かない。

餃子、その他のメニューはイマイチ。店が小さい、駐車場が狭い、トイレが不便、店を出て店の裏側へ回って、片道40メートル。

とんこつ醤油ラーメン(写真)が美味しいから、まぁ、いいか。お店が繁盛してくると、スープをインスタントに替えなはんなや~。











2011年9月29日木曜日

ピアノⅡ

父: このピアノ中古だけれど、700ドルもしたんだよ。

娘: 699ドル90セント。

父: 700ドル。

娘: 699ドル90セント。

父: 700ドル。

娘: きのう、調律師のおじさんが来られて、ピアノの中をネジで開けたら、10セントが入っていたの。

ピアノ


ヤマハのオートバイにまたがり、エンジンを吹かしていると、近くにいた少年が口走った。

           ♪

「ピアノの音がする♪  ♪ ♪」

ネコタイの日

ネクタイもきりりと締まる今朝の秋(北岡成章)。秋涼の足音と共に、ネクタイの季節が始まろうとしている。

2005年の夏、小泉内閣の呼びかけで、ネクタイや上着を着用しないクール・ビズ運動が始まった。酷暑のノー・ネクタイは、仕事の効率を上げてくれる。けれども、スーツに適ったネクタイを選ぶ時のように、ノー・ネクタイ姿になった折の、シャツのデザインや色調を十分に考慮していないと、人の目には不規律に映ってしまう。

その点、イタリア人はネクタイを締めたカジュアルと、ノー・ネクタイの正装を着こなすのにぬかりがない。

水玉模様のネクタイだけを愛用したのは、海部俊樹元首相である。その訳合いは、相撲の白星と同じであることから縁起が良いという。

アメリカでは、水玉模様のネクタイは「いつまでも煮え切らない」イメージを彷彿するらしい。水玉は優しそうに見えるが、ややもすればナイーブにも映る。恐らくアメリカ人は、男らしくて力強いイメージを好むのだろう。

愛国心を強調するためか、アメリカでは大統領選挙の候補者は、シャツやネクタイを選ぶ際に、星条旗に入っている色(赤、青、白)を意識するそうだ。

巷では、フォト・タイが脚光を浴びて久しい。日本ではコミュニケーション・タイと呼ばれているフォト・タイとは、家族やペットの写真など、自分の好みの写真をネクタイの柄にすることである。

ところで、日本で最初にネクタイを締めた人物とは? 正解はジョン万次郎。嘉永4年(1851年)に米国より帰国した際に、所持品の中にネクタイが入っていた。との記録が残っている。

10月1日はネクタイの日。小山梅吉が明治18年(1884年)のこの日に、初めてネクタイを生産したことを記念して制定された。

先ごろ、セレブの御用達エミリオ・プッチのネクタイを締めて、ビバリーヒルズでショッピングを満喫してきた。とは、秋の夜長に見た夢語り。正夢になるだろうか。

2011年9月27日火曜日

ざりがに

ギィョーム・アポリネール/堀口大学 訳


不安よ、おお、私のよろこび
お前と私は一緒にゆく
ざりがにが進むように、
後へ、後へと。


誰でも、不安になどなりたくはない。けれども、全てに満たされていても、人間の心というものは不安に陥ることがある。

アポリネールは煩悶の果てに、不安は私のよろこびであり、人生のパートナーであると語っている。だが、「不安」というパートナーは臆病で用心深い。そして些細なことで色をなす。

自暴自棄に陥ってしまった詩人は、後ろへ、後ろへと進んでいる吾が魂を、黙認するしか手立てがないのである。

間もなく、マリー・ローランサンとの恋が破局を迎えようとしていた。