2011年9月9日金曜日

イエス様の癒しを信じる心


証し 2011年8月5日           
                                     
あの悪夢から、2011925日で、まる3年が経過します。カイザー(病院)のICUにいた時、医師にステージ4(末期癌)を宣告されました。

私には信じられませんでした。何故ならば、親族で癌を患って亡くなった者がいないからです。私は癌の家系ではありません。

一般の病室へ移ってからは、お見舞いに来られた方々に、私は検査の結果、癌は消えて無くなりましたと伝えました。これは私の妄想、いや、願望かもしれません。

私は数日後、手術、治療も大切だけれど、イエス様の癒しを信じることのほうが、もっと大切だと悟りました。

現在まで、イエス様の癒しを信じ続けてきました。これからもイエス様の癒しを、とことん信じる所存でいます。

2010年、大晦日の午後8時頃に、私は大喀血をいたしました。シティー・オブ・ホープ(病院)のエマージェンシーへ、車で駆けつけました。

車の中で江美子が、血の色はどんな色と聞きました。「鮮血ですか ?」。何にゆえにそんなことを聞くのかと、不思議に思いました。江美子は日本での職業は看護師です。

私は、即座に病院へ向かうのが先決(鮮血)だと答えました。私が駄洒落を口走ったのも、心にゆとりが芽生えていたからです。即ち、イエス様の癒しを固く信じて疑わなかったからです。喀血は癒される。私のすべての病は癒されるのだ。

この日は、入院することになりました。数日後、検査の結果を医師に伺いました。医師は肺炎に罹っていると語った後で、骨にも転移していると告げました。

私の癌は甲状腺に端を発して、脳、首リンパ、肺に転移していました。今度は骨にも転移していると聞くなり、目の前が闇で覆われました。癒しを信じていたのに、更に悪化しているとは、知る由もありません。

私は、だんだんと生きる希望を失いつつ、奈落の底へと突き落とされるような気持になってきました。落ち込むのと裏腹に、妙に元気が出てきました。私の性格は、本来は弱虫なのです。日頃から怖がりです。だのに摩訶不思議、私の信仰がためされられていることに気づきました。私は自分に強く言い聞かせました。「イエス様の癒しを永遠に信じると」。

3週間後に再び入院をしました。ラディオ・アクティブ・アイオダイン(放射線)の治療を行うためです。治療と検査の結果は、骨に転移した影が完全に消えてしまいました。脳、甲状腺、首リンパは、既に手術済み。後は肺に癌細胞が残っているだけです。

2011年の9月か10月頃に、入院をして肺の癌細胞が死滅する目的で、もう一度、放射線治療を執り行います。

皆様に、祈りのリクエストがございます。私の癌が完全に癒されますように、また、ストロークの後遺症、右半身不随が治りますように、言語障害が完治しますように、切にお祈りください。有り難うございました。アーメン! ハレルヤ!



2011年9月8日木曜日

鮨屋にて

板前: 今朝仕入れたばかりのマグロです。 
客 : やっぱり天然マグロは美味しいネ~
板前: 実は養殖です。
客 : 白身もしこしことしていて美味い。
板前: これも養殖です。
客 : ウナギはほくほくとして脂の乗りが良い。
板前: ウナギも養殖です。
客 : 養殖、養殖って、お鮨は和食でしょ!

2011年9月7日水曜日

Honesty

僕が20歳代半ばのころ、神経を病んで入院していたことがある。その折に慰められたのが、ビリー・ジョエルの音楽だった。

カセット・テープのジャケットの写真が、動画と同じものだ。グレーの上着をまとい、黒いネクタイを緩ませて、下はジーンズ姿である。

往時の僕は、ビリー・ジョエルと同じ格好をして、まれに病院から外出をする。何の当てもなしに繁華街をぶらついた。さしずめ書店には頻繁に足を運んだものだ。

今、僕のクロゼットで、あのジャケットが深い眠りについている。もう、30年以上着用していない。

あの頃の僕は、煩悶の日々に明け暮れていた。睡眠薬を大量に飲んで、自殺を図った。16歳の時に、うつ病と診断されて以来、抗うつ剤を服用し続けていた。

僕は誠実(Honesty)を追い求めて裏切られ、人間不信に陥ったのである。



2011年9月5日月曜日

2011 春 俳句

1 病の底から恵みの泉湧く
2 初夏の風江美子の匂いジャカランダ
3 風光り小包いたる茶のにおい

言葉について


近来、言葉の「乱れ」を指摘する声をよく聞くが、言語学の見解によると言葉の「変化」であると明言している。言葉はいつの時代においても、その時代に応じて変じていくものだ。その魁となるのが若者言葉であろう。
 
メディア・ミックスは日進月歩だが、ブロードバンドの時代を迎えて更に加速は早まり、言葉の「変化」にも益々影響を及ぼすこと必至である。
 
例えば、スポーツ競技の番組で、実況担当のアナウンサーが「この試合は〇〇選手の独壇場(どくだんじょう)です」と、解説することがある。
 
正しくは独擅場(どくせんじょう)と言うべきである。「擅」(せん)を「壇」(だん)と思い込んだまま、アナウンサーは「独壇場」を連呼してしまったので、たちまちその表現は日本全国に広まってしまった。
 
このことがきっかけとなって、現在では間違った「独壇場」の方を、新聞や各放送局が採用している。これこそが言葉の「変化」ではなく、言葉の「乱れ」というものではないのか。
 
今後も、大量伝達可能な大衆媒体が、言葉に大きな影響を及ぼし続けるだろう。そして、影響を与えるのは言葉だけではない。
 
先般、リトル東京にある二宮金次郎の銅像の前で、日本人観光客らしき若者数名が写真を撮っていた。カメラに向かって皆がブイサインをしているのかと思い、目を凝らして彼らの手許を見ると、全員が中指を立てて笑っていた。日本のナンセンス娯楽番組の反応である。
 
古来より言葉は変化し続けてきた。昨今の言葉が乱れていると言われる所以は、新しく生まれる若者言葉が、年々粗暴になってきているからであろう。それほど現代の若者の心は混乱しているのだ。

言葉が変化していくことは、止むを得ない。けれども言葉は自分自身の心の表現である。思いやりのある言葉遣いは、豊潤な心の中に芽生える。
 
果たして日本の国は、本当に豊かになったのであろうか。(20046月)

2011年9月1日木曜日

神なき国

5、6年前に読んだ毎日新聞のコラム『21世紀を読む』において、文化庁長官の河合隼雄氏が「日本的な宗教性、生かそう」と題して論じていた。
 
その中で、上田 篤著の『神なき国ニッポン』(新潮社)から引用して、日本人が西洋に赴いて、「あなたの宗教は何ですか」と問われて、「わたしは無神論者です」と答えたならば、座が白けるということを取り上げている。そんなことを発言すると、付き合ってくれないというのである。
 
河合氏の知己にあたる欧米の心理学者たちは、しばらく日本に滞在しているうちに「日本人の宗教性の深さに感心した」と述べる者が多くいるらしい。河合氏はこの発言に矛盾を感じながらも、果たして日本人が、どのような宗教を信じているのかとは問わずに、「宗教性の深さ」
と表現しているところが示唆的であるという。
 
僕が思うには、多神教的生活環境の下で生まれ育ってきた日本人には、特定の宗教だけを信心することがなかなか容易ではないのだと解している。例えば先祖伝来の宗教が○○宗であったとする。ご本尊が祀られてある総本山へお参りに行く道すがら、路傍にお地蔵さんが立っていれば手を合わせて拝み、神社の前を通り掛かれば賽銭を施し、大きな岩や滝に到るまで信仰の対象としてしまう。
 
河合氏の外国人の知己たちが察知していたのは、この八百万的宗教ではなくして、日本人から「宗教性」というものを見出していたのであろう。詮ずる所、日本人の「宗教性」には道徳や倫理である場合が多く、河合氏が語っているように「人間が人生の意味を考えると、宗教性が大切になってくる」。この言葉が生きてくるのである。

河合氏は今後の日本人は、これまで意識しなかった日本人の「宗教性」の意味をよく自覚して、それを新しい生活の中で、いかに生かしていくべきかを相当意識的に考えて実行していくべきであると主張している。

だが、僭越ながら「宗教性」に依存するような時代背景に私たちは今、生きているだろうかと熟考することの方が、意義深いのではあるまいか。

「宗教性の深さ」という示唆的表現には、『神なき国ニッポン』に対する、彼ら一神教の配慮された比喩であったのではなかろうかと、僕は考える。

2011年8月31日水曜日

コレステロール

21年前、アメリカに留学中のB子は、日本に電話を掛ける際に、コレクトコールでお願いしますと言うところを間違えて、コレステロール・プリーズと言ってしまった。

日系のオペレーターは透かさず、大阪弁で「いい病院、紹介しまひょか」