2012年9月10日月曜日

ジョイの夏休み

なが~~い夏休みが終わって、9月5日に新学年が始まった。ジョイは6年生ミドル・スクールだ。ジョイは学校が好きである。夏休みの期間中に、「早く学校が始まらないかなぁ~」と常にぼやいていた。

夏休みの期間中に水泳の特訓を受けた。努力の甲斐あって、オリンピックに出場するためのチームに合格した。

ジョイが4歳の時、いち早く水泳の素質を見抜いた。YMCAのプールに通い僕が指導した。僕が5年生のとき、父の指導の下で難波のプールで特訓をしたのを思い出した。この夏、クラスで最も早く泳げるようになった。

ジョイはオールラウンドだ。クロール、平泳ぎ、バタフライ、背泳、何でも器用にこなす。チームのクラスで一番早く泳ぐ、ホームも綺麗だ。

将来、オリンピックに出場して、感動をもたらしてください。

2012年9月7日金曜日

早くしないと           川﨑 洋

そのにぶい光が 夕日が沈む時
遠くの景色を
みんなぼかして
ふわふわ美味しそうな色にする

さあ早くそれらを
かさかさとかき集めなきゃ
それ
僕の手の中で
横倒しになる森や屋根や煙突
世界は四角で木が一本だけ生えている
と思って死んでいった赤ん坊
その赤ん坊のそばの窓
早くその窓を閉めなきゃ

その戸が男の子の手で閉められたばっかりに
一生を台なしにした女
早くその戸を集めなきゃ

早くしないと
ある夕方
巨きな腕が
ゆっくり空を掻き
景色達はうっとり
その腕で空に溶けていってしまうから
早くしないと
さあ


2004年10月21日、腎不全で川﨑 洋さんが死去した。七十四歳だった。

今回は、川﨑さんの第二詩集『木の考え方』の中から、「早くしないと」を紹介させていただく。

まず、この詩を読んでみて、モティーフが希薄であると考えるのは間違っている。なぜならば失意がモティーフであり、焦燥と不安がテーマとなっているからだ。

当事者以外には、つかみ所のない日常の些細な出来事や、目に入るあらゆる風景や生物、そして人物などから、一見、希薄と思われる象徴詩が誕生する。

往時の川﨑さんは生活苦と闘いながらも、詩作においては諧謔(かいぎゃく)の精神を貫き、象徴的なポエジーに血路を見出していた。

即ち、川崎さんはこの詩を書く上において、モンタージュの技法からヒントを得ながら、周辺の美と焦燥を見事に謳いあげているのである。


2012年9月6日木曜日

ジーザス・クライスト

牧師: 「日本の教会は暗い人が多い、もっと明るくならいもんかね」

信徒: 「クライヒトじゃなくって、クライストの境地にならなければ!」

2012年9月5日水曜日

ラーメンと餃子

ニューヨークでもロサンゼルスでも、ここ数年来、ラーメン屋の数が増えた。どこのラーメン屋も大盛況だ。昼時になると、行列のできる店もある。


新しくオープンしたラーメン屋を、数軒食べ歩いてみた。アメリカのラーメンの味は、ここまで来たか! 日本の美味しいラーメンとは程遠いが、納得のできる味だ。

どこのラーメン屋も、餃子が不味い。素人の味つけ。日本の餃子の味を、彷彿とさせる餃子が食べたいよ~!

6、7年前に店をクローズしてしまった、トーレンス『ニジヤ』の近くにあった、中華の『秀ちゃん』が、日本の餃子の味に一番近くて美味かった。

僕がLAで初めて食べたラーメンは、サードとバーモントの近くにあった今は無き『味平』。
ファーストにあった、日本食のレストラン『長崎』で食べたチャンポン、あれは美味かったなぁ~! 天麩羅定食も美味しかった。

『新撰組』の博多ラーメンのまるちゃん。元気にしているだろうか。

今後、僕の舌にかなう、美味しい餃子を食べさしてくれるラーメン屋に期待しつつ…。




2012年9月4日火曜日

ニッチェ

近頃の漫才はおもろない! おばかタレントのオンパーレードや! 子供のころ観た漫才の方が、よっぽどおもろかった!


そんな中で、ニッチェのコントは、まあ、まあ、おもろかった! ジョイと僕は、ニッチェのコントが好きになりました。