2012年6月18日月曜日

ポエム・タウン


『日刊サン』のポエム・タウンに詩の投稿をしょう。日本から、海外からでもメールで投稿できる。

「一般の部」と「青少年の部」がある。詳しくは下記の応募要項を見てネ!

選考と講評は僕が担当する。年に一度、最優秀賞、佳作数名に賞状と記念品が贈られる。

協賛:在ロサンゼルス日本国総領事館   後援:ぺんてるU.S.A.


応募要項
原稿用紙2枚(20詰40行)
名前、メール・アドレス明記。青少年の部は学年も明記。
第1回の締め切りは、2012年7月5日。

奮ってご応募ください!



2012年6月16日土曜日

ジャッキー・マクリーン


江美子と結婚する前にジャズが好きだと聞いていたから、結婚してしばらく経ってから、ハリウッドのジャズ・クラブ『カタリナ』へ二人で赴いた。

演奏が始まって約30分。江美子は急に気分が悪い、頭が痛い、騒がしいと言い出した。原因は目の前のジャッキー・マクリーン・クヮルテットの演奏であった。

演奏は約2時間、アップテンポの曲ばかりが続いた。僕もバラード風の曲を1、2曲期待していのに、ジャズを嫌いな人にとっては苦痛きわまりない。

『カタリナ』は美味しいイタリアンが食べられる。二人ともカラマリを肴にシャドネーを飲んで、大好きなジャッキー・マクリーンの演奏を聴いてエンジョイした。

数ヶ月後、テレビにジャッキー・マクリーンが出演していた。江美子は嫌な顔をして耳をふさいだ。すっかり江美子はジャッキー・マクリーンのアレルギーになっていました。


2012年6月15日金曜日

8年ぶり


『Wood Ranch BBQ & Grill』は、かつてよく利用したステーキ・ハウス。ロサンゼルス近郊に14店舗。

接客に、ファミリー向けに、友達同士で気軽に利用できる。その理由は雰囲気が良い。ダイニングはプライバシーが保てる。気さく、広い、リーズナブル。

肝心の味の方だが、値段の割には充分に味わえる味だ。満足度100%。熱々のガーリック・ブレッドとコールスロー、それにてんこ盛りのオニオン・リンク(Famous Shredded Onions)が、目からうろこの味。

 僕がいつもオーダーするのは、Baby Back RibsかRibeye。実に8年ぶりに訪れた(2012年3月7日)。ランチに立ち寄ったのは初めてだ。ランチコンボ$10.95もある。










2012年6月14日木曜日

やす~~!

にぎり一皿なんと126円均一。さすが大阪!

権太呂すし十三本店。にぎりの写真を見ても美味しそう。
東京にも一店舗ある。一皿136円。












2012年6月13日水曜日

Red Lobster


土曜日の午餐、どこかのレストランに食べに行こうか? と、僕が提案をした。

ジョイがデズニーランドで食べた、サワドブレッドの中身をくりぬいた中に、クラムチャウダーが入っているスープが食べたいと言う。

はて、インターネットで調べること15分。あった、あった『Red Lobster』のメニューにありました。シュリンプ・サラダがついて$9.75。

3人とも同じものをオーダー。ジョイがご満悦、江美子も満足げ、僕は『えぼし』のチャンポンほうが食べたかったのになぁ~ 脳裏をかすめた。トホホ… 哀愁漂う初夏の昼下がり。

犠牲の精神、時よ止まれ君は美しい。午餐のひと時、先ずはめでたし、めでたし!


2012年6月12日火曜日

ポエトリー

15年前の春に、初めてパリヘ赴いた。朝から夜遅くまで仕事に拘束された出張であったが、一日だけの非番を利用して、僕はモンパルナス墓地に埋葬されているボード・レールの墓に、真っ先に詣でたのである。

昼前になって小雨が降りだしたが、知己がホテルまで車で迎えに来てくれたので、ミラボー橋まで案内してもらった。かねてからパリヘ行くことがあったら、この橋の上に立って、ギィヨーム・アポリネールの詩『ミラボー橋』を音読しようと決めていたのだ。生憎パリの空は灰色の影を落としていたが、念願が叶った僕は気分が晴れて欣快となった。

以来、僕は度々パリの街を訪れるようになった。ボード・レールが『悪の花』を執筆したセーヌ河畔のホテルで、『現代フランス詩論』を読み、モンマルトルの丘のホテルでは、トリスタン・ツァラの詩集を読みあさり、モンパルナスのカフェではジャン・コクトーの詩についてペンを走らせた。

ビクトル・ユーゴやマラメル、ヴァレリーにランボー、そしてアンリ・ミショーらの詩人の偉業が、今でもパリの街中に色濃く漂っている。これほど詩人の匂いに満ちていている繁華な街路は、世界中どこを歩いても辿り着かないだろう。

さて、詩は英語でポエム(poem)とポエトリー(poetry)に分かれる。前者は個々の詩作品である概念(固体概念・単独概念)を指し、後者は詩の本質である概念の内包である。

日本語には「詩」という単一的な言葉しかない。従ってポエムとポエトリーを同義的に捉えてしまう傾向がある。ポエムは「詩」と訳していただいて差し支えはないが、明治の初めに外山正一らの提言で始まった『新体詩』を、ポエトリーと正式に訳すことによって、自由詩の抽象性を定義付けすることは出来なかったのだろうか、と考える。

明治十五年に出版された『新体詩抄』の序文には、以下のように謳われている。「この書に載する所は詩にあらず、歌にあらず、しかも之を詩というは泰西のポエトリーという語、即ち歌と詩を総称する名にあるのみ。古よりのいわゆる詩にあらざるなり」

僕はポエム「詩」に対して、ポエトリーを「新体詩」あるいは「自由詩」と解するように心掛けている。

2012年6月11日月曜日

イエロー・セーヌ

忘れられない
少し後悔の念
黄色いカタツムリの街

忘れがたい
未練たなびく
黄色いカタツムリの街

夢に 幻に 思いをめぐらす
愛おしい
愛おしい イエロー・セーヌ