2011年11月25日金曜日

鐘の音

日本……ゴーンゴーン
イギリス……ディンドン
フランス……ダンドン
ドイツ……ビンバン
中国……ティンタン



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2011年11月24日木曜日

お祈りのお礼

本日、入院治療から退院しました。入院中はよく眠れなかったので、帰宅後ぐったり。皆様のお祈りに感謝申し上げます。心奥から有り難うございました。

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発見! インドネシア・レストラン

今年の夏、教会の帰りに周辺を車で流していると、インドネシア料理のレストランを発見。愛餐会(ランチ)を食べてこなかったので、冒険方々3人で入店してみた。

何の情報もなしに初めて入るレストランは、正しく賭けである。第一印象は、あまり美味そうではない様な気がした。

スープと野菜を食べたところで、中華料理に味が似ている。新鮮な風味が、美味しさを倍増させてくれた。『Indo Cafe』に入ったのは大正解!

料理の名前を忘れましたので、写真を羅列します。

『Indo Cafe』 10428 1/2 National Bl. Los Angeles, CA 90034          TEL: 310-815-1290






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2011年11月21日月曜日

八木重吉

雲

くものある日
くもは かなしい

くもの ない日
そらは さびしい



人を 殺さば

ぐさり! と
やって みたし

人を ころさば
こころよからん



太陽

太陽をひとつふところへいれてゐたい
てのひらへのせてみたり
ころがしてみたり
腹がたったら投げつけたりしたい
まるくなって
あかくなって落ちてゆくのをみてゐたら
太陽がひとつほしくなった



秋

秋が くると いうのか
なにものとも しれぬけれど
すこしずつ そして わずかにいろづいてゆく
わたしのこころが
それよりも もつとひろいもののなかへ くずれてゆくのか




敬虔なクリスチャンであった八木重吉は、昭和2年(1927)肺結核のために(29歳で)夭折。信仰の詩を発表する一方で、対極的な、哀しみと怒りをあらわにした詩も綴った。

江藤 淳は、重吉の詩篇を文学作品としてみようとするかぎり、キリストは疑いもなく彼の「かなしみ」と怒りの、あるいは絶望の反映である。と道破した。

わたしは、この見解において、もう一歩踏み込んだ議論が必要であると思う。なぜならば江藤の論じる「反映」が、物事の一般性だけを捉えているからである。即ち、「反映」そのものが抽象的であり、粗放であるからだ。

例えば、泰西の文学作品にみられる人生の機微とキリストの関わりは、怒りと絶望の「反映」が描かれている。

同じく重吉が、キリストのなかに何を見たかは、「宗教的体験に属していて」、文学的にいえば実存的体験の所産であると江藤は弁じている。だが、あくまでも重吉の詩は宗教的体験のなかから、文学的に昇華したという事実を歪めてはならない。

また、重吉の詩はキリストを指しているのだが、キリストのみを見ようとする人々には見えないものを示している。それが重吉の詩篇の文学的な深さであると江藤は断じている。

正しく江藤の説に誤謬はないのであるが、重吉の詩篇には、真のキリスト者となりえて、聖書を熟知している者でなければ、また、見えない深さも同居しているのである。

最後に、富裕な農家の次男として生まれた重吉に対して、「かなしみ」を歌う源泉がどこに隠れているのかは、謎に包まれたままであった。けれども、重吉が書き残した草稿や感想、そして断片も含めて二千篇余りの詩を解読していくうちに、重吉には先天的な躁鬱気質が色濃く陰っている事実を付きとめた。即ち、欝の周期に陥ると「悲哀」を歌い。『人を 殺さば』や『太陽』を書いた折は、躁状態であったと思われる。


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2011年11月18日金曜日

ラブレター

11月23日は勤労感謝の日。語呂を合わせて『いい兄さんの日』、『いい文(ふみ)の日』でもある。

E-メールの普及によって、若い世代が文章を書くようになった。文といっても喋る言葉そのままである。先般、知り合ったばかりの30歳半ばの男性にE-メールを送った。宛名の敬称に様を添えたら、今度から「さん」にしてくださいと言われた。

メールは手紙だという意識が、いつも纏わりついているせいか、無意識のうちについ身構えてしまう。特に親しい間柄でない者に対しては尚更だ。

50歳位を境にしてと言えば良いのだろうか、人によっても千差万別であるが、とにかく若い人たちは、メールをコミュニケーションの主流として巧みに活用している。

だが若い世代からメールを貰うと、敬語の省略化と狎昵(こうじつ)的な文体に、少しばかり面食らう事がある。だからといって、メールを差し出した若い人に会ってみると、口数の少ない、おとなしい青年であることが多い。

恋文、いやラブレターだけは熱い思いを込めて、便箋に切々と書くほうが味わい深い。何も長く書く必要はない、明瞭簡潔、しかも燃えるような情愛がこもったラブレターを。

それでは、ロシアのシェークスピアともゲーテとも呼ばれているプーシキンに、ラブレターの書き方を伝授してもらおう。

オネーギン様 もし出会わなければ/あなたを知らずに苦悩もなかったはず/でもあなたと出会う運命だったのです/はじめてあった瞬間/すぐ分かりました/ああ 運命の人が 現われたのねと/どうか 疑念から救い出してください/運命に身を委ねます/秘密を明かした手紙を読み返すのが怖い/あなたの心を信じますが/恥と恐怖で消え入りそうです タチヤーナ (『オネーギン』より)

晩秋の夜長、1123(いい文)を綴る季節の到来である













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2011年11月16日水曜日

祈りのリクエスト 癒し祈願

ようやく入院治療の日が、11月21日に決まった。超粗食が一ヶ月半で終わる。

一ヶ月前の診察の折、癌細胞は90%死滅しているとドクターは僕に告げた。あと10%、今度の入院治療に期待を寄せる。

今思えば3年前、瀕死の状態で病院へ担ぎ込まれた。極度のストレスとストローク、脳、リンパ、甲状腺、肺、4ヶ所の末期癌。

今までの治療費が80万ドル、一ヶ月の薬代が1万1千ドル。僕が回復したのはイエス様の癒しと、皆様方のお祈りのおかげだと固く信じている。

僕が完全に癒されるまで、お祈りを続けてください。

2011年11月15日火曜日

病気

吉田兼好が著した鎌倉時代の随筆、『徒然草』の第117段には、友とするにはふさわしくないものが7つあると説かれている。

その中の一つに「病なく身強き人」を挙げているが、おおよそ兼好法師は、健康な者には、病弱の者に対する同情の念が欠けているとでも言いたかったのであろう。

ヒルティの『幸福論』第3巻(正木 正訳)に、「病気」に関する記述がある。
「幸福は健康がなければ生じないというのであれば、悲しいことであろう。だがそれは真実ではない。不幸な病人があると同様に、幸福な病人もあるのである。病気と幸福は絶対的に対立させるものではない」

「病気もまた幸福であり得るのであって、健康な日には起らなかったものが、一段と高い人生観への浄化剤ともなり、血路ともなることが出来るのである」

僕は聖者と仰がれたヒルティの、この味わい深い一文が好きだ。また、近代フランスの人道主義者で作家のロマン・ロランは、病気はためになることが多いと喝破している。なぜならば、肉体を痛めつけることによって、魂を解放して浄化するからだ。一度も病気をしたことのない者は、十分に自己を知っているとはいえない。

わたしは傷を持っている
でも、その傷のところから
あなたのやさしさがしみてくる
(星野富弘)

不慮の事故から此の方、首から下の自由を奪われてしまった星野さんは、この試練を通して、真の慈しみと出会ったのである。